昭和49年06月18日 月次祭



 信心をさせてもろうて頂く、おかげの世界というものが、どういうおかげの世界に繋がって頂く事を願いとして、お互い信心の稽古をさせて頂くかという事。当時の人どういう事を願いとして、信心の稽古をなさっておられるか。それは興味のある人はどうでも踏み込んで、それを頂きたいと思われる。商売をする人は商売繁盛の、おかげを頂きたいと思うて願われる。家庭の中が思わしくない、そういう人は家庭の円満を願うてお参りをなさる、様々である。
 けれどもそういう様々な、願わなければおれない問題を通して、私は信心の稽古というものがその問題を通しておかげを頂くと。今朝から土居の久富さん達夫婦が、あのう熱心にご信心になります。ここでお届けを頂いておられますのに、ただ助かるための金光道としての二人ともまぁ日参どもされたら、それにしても大変な事を言われなさるんじゃないかと思われる。けれどもまぁ神様に打ち込む、神様に一心にお縋りして頂いていこうというのですから。
 もうその偶々その事を組長になる事を一生懸命願われる事は当然の事なんです。当たり前な事なんです。けれどもそういう事を通して、そういう難儀を通して、信心を願わなければならない、信心の稽古を願わなければならないという事を、もう細々と教えて頂いた。自分の難儀というものが目の前にこう感じますね。いうならばあまりにこう神秘眼的な見方を致しますと、この難儀取れたら向こうがこう見えてくるね。お金がないお金が無いという、お金がないという難儀な事に捉われてしまう。
 捉われてしまうと自分の心が、融通無碍の心という事が、当然そこにいうならばゆうきざいのおかげも、?む事が出来ないという事になるのです。信心の稽古というのはそういう捉われたものではなくて、しかも願わせて頂くその焦点というのが、教祖様が教えられますように人間と身代と達者とがと、「人間と身代と達者がそろうて三代続いたら、神の機感にかのうた氏子じゃ」と、神の機感にかのうた氏子という、神の機感にかなう氏子としてのお取立てを願っての信心でなからなければならないです。
 今朝からの御理解の中にも、人が例えば心にに関わる様な事を言うても、神様が顔を洗うてやる、神が顔を洗うてやるとこう仰る。神様が顔を立てて下さるという。いうならば貧乏しておった人が段々信心をさせて頂くようになって、金に不自由せんようになった。病気の人が、まぁ医者から見離されたというような病人が、一生懸命信心によって助かった。そういう事で私は神様が顔を洗うて下さるという事でないと思うです。信心をせんでも健康な人があるじゃないですか。
 信心はなくても億万の金の中に埋まるようにした、財産を持った人があるじゃないですかね。神様が顔を立てて下さるというのは、そういうおかげも頂き願わせて頂くと同時に、人間を願わなければいけんのです。いうならば人間が出来てこなければならない。それを信心で言うと、自分の心の中に和らぎ賀ぶ心がいよいよ育ってくるという事。自分で自分の心が拝まれるほどしの有り難い心がです、いうならば家内が主人を拝み、主人が家内を拝み、親が子を子を親がと拝ませて頂けれるような行です。
 そういうような状態にならせて頂いて、金が出来て健康になって物がふんだんにあるというようなおかげを頂いた時に、初めて信心しなければ頂けないという事が分かり、なるほど信心じゃなぁ、神様じゃなぁというようなおかげになる。それが神様が顔を洗うて下さるという事、という御理解を今朝から頂きました。だからおかげの世界というのは足ろわなければいけない。足らうという事が大事。人間と身代と達者が足ろうていかなければならない。
 私は合楽での信心、いわばまぁ合楽の教会で現れているおかげというのが、そのう私はかつて聞いた事も見た事もないほどに足ろうておるおかげが、それは小さいそれはまだほんのささやかな事だけれども、足ろうておるという事だと思うのです。例えば今日のお月次祭を拝まれて、足らないものが一つあったですね。気が付かれましたですか。お供えに。こんな風にお鏡さんがあって、そしてこう大きな鯛が二匹あって、こちらの方の小さいお魚があって、あれじゃ足ろわないでしょうね。
 片一方にはやっぱり鰤のそりゃなんか大きな、青物の魚をこうやってあのうあったら、あれで足ろうのです。しかしあれだけぐらい足ろうて、海川山野の種々の物が、月次祭のたんびに集まるという事だけでも、これはもう足ろうた印です。だから私は今日こう眺めさせて見よってから、あぁあの鯛を右左にこう盛った方が良かったろうになぁと思うたんです。あげん大きな鯛が二匹もこうやってしてあるから、大きな鰤が来ていたんです。そして昨日ちょっと先にお供えさせてもらいましてね。
 若い先生方の集いがここで一晩泊まりでございました。それでもうそれをちょっと先にお供えしてからというので、まだ新しいんですけれども、あぁいう事が足ろうていないという事です。先生方は10人ずらっとなまきょうるけども逆にそう誰かあにいうた。いや先生方に足ろうとらんが先生方の、合楽ぐらいに私は足ろうておるところはまずなかろうと思うです。ところが。いかに足ろうておりましてもです、覚えがぱらっとばっかりであったら、そうでつまらんです。
 何もかにもが足ろうという事がおかげなんです。そこで私の信心のどこが足ろうてないところがあるか。家内は信心するけれども主人が信心しない。親は信心するけれども子供は信心しない。お金はたくさんあるけれども家庭が円満にいかない。起こる時にちんばを踏んだような姿というものが、私は自分の信心がどこにか、いわば欠けておるものがあるからだと分からせて頂かなければならない。私事でいうと、先ず両親がもう九十にもなる両親が足ろうていて元気である。
 私共夫婦そして若先生達が夫婦、下の私共の子供達もそれこそ息子達、四人の息子が足ろうてお道の教師にお取立て頂き、一人でも親父の後は継がんというとはおらん。みんな進んでお道の教師にならせて頂き、そしてまぁ親の手にもなろう足にもなろうというたり思うたりしておってくれる。今度先月二十八日にここの三代目が生まれた。一姫二太郎といわれるように、初めの間は初めは娘が生まれて今度は息子が生まれた。どことこういうならば非の打ちどころのない程に足ろうて、恐ろしい程に足ろうております。
 これは小さいまぁだですね。だからこれはもっともっと大きな、それこそ偉大な足ろうていくという信心になっていかなければならないですね。ただおかげだけはどんどん出来ていくけれどもです、人間の方が停滞していくというような事では、それは先が思いやられる。もう何もかにもが足ろうたおかげを頂いていかなければいけん。人間というなら身代と達者がねそろうて足ろうて、しかも三代続いたら、神の機感に叶うた氏子としてのおかげが受けられると。
 今日ちょうど午後の御祈念のときに、杷木の信徒会長であります石川さんが御礼参拝ちゅうてみえられました。14日の日田の共励会のその日は、ちょうど宮の陣教会の信徒会の信心共励があった。先ず福岡に行って、久留米の信徒会にいって、そしてここの秋永先生の車に便乗して一緒に御礼参拝させてもろうたら、今日信心共励会ですよ。なら私共も行ったってよかじゃろうか。よかどこじゃないなら、まぁ一緒に行きましょう。というて、もう七十過ぎのお爺さんですよ。
 そして今日いわれるのに、もうこんな有り難か共励会は初めてでしたち。もうおかしいごたるけれども、私はもう興奮してからです、とうとうその晩は眠れなかったっち、有り難うして有り難うして。そげん何がどげんどこが有り難かったですか。いやそれはもうぜんたいに渡って、有り難かったけれども、特にね文男先生が、私に神様を拝む道を教えて下さった事は、もう私一生のもうあの世にも持っていける、お土産と思うほども有り難かった。拝む道を何十年信心しておるけれども。
 いわば拝む道を知らなかったとこういう訳です。いや知らなかった事はないけれども、そういう行き届いた御祈念をしていなかったという事を教えてもらった。という事を思いよったらね、もうとにかく興奮して眠られない。もう先生私はつらいですけれどもね、もう本当、私はもうとにかく喜びと興奮して休めなかったのは初めてでしたと言うて。素晴らしいですね。七十いくついわゆる心は青年である。もう例えば福岡行っただけでも、あぁ疲れたというじゃもん。
 その帰りに信徒会に入って信徒会の代表させてもろうて、そしてここへみえて一緒に共励に日田に行く時間までここで待って、それから日田にもう夜の十二時ごろまできつかったでしょう。そして秋永先生に送ってもろうて、一日のそれが疲れるとかそういう事ではなくてね、もう嬉しゅうして有り難うして、もう本当に興奮状態が続いて、朝方とろっとろっと休ませて頂いたら、もう朝の御祈念の時間でしたと。そのちょっとの間に休ませて頂いた時に、親先生こういう様なそのう面白いお夢を頂いた。
 四つ五つの息子が真っ裸でね、おしめの取り合いをしている所である。それも只ならぬ様ではないそんな感じでした。まぁ私共の信心がまぁいうならばね四つ五つ位の信心じゃないだろうか。まぁだいうならばおしめを替えて貰わんならんという様な、そういう程度の信心じゃなかろうか。けれどもねその引っ張り合いをしておるという所が、素晴らしかろうごたるですねというてお話した事でした。それからこの頃から共励会で、甘木の鶴田さんがおかげを頂いた話を、秋永先生から聞かせてもろうて感動する。
 あん時の御理解をもういっぺん聞かせて下さいとこう言う。本当にあれは秋永先生が京都に行かれる、一日の月次祭に泊まって、そして二日の朝の御祈念に頂いた。それもその前の晩に秋永先生が、福岡の大崎さんという、あの印刷をしているあの、和賀心時代を創るというご本を造って下さった方なんです。大変熱心な信徒のご信者さんですから、あちらに用があって行ったところが、その晩な信心のよもやま話をなさるのに、今度はいよいよちゅうのがもう難しか。医者はもうもう数日間の命だと。
 もう死を待つより他にはない。もう膀胱がんという、それでも手遅れで手術をしたっちゃしようがない。病院で入院しておられるという事は聞いておりましたけれども。そんなにひどいとは知らなかった。そんな事を秋永先生が来たから、昨日来たから私その後に御主人にその一日の晩に聞いたから、二日の朝に御祈念にその事を神様に御届けをさせて頂きましたら、あのうゴムバンドね、ゴムバンドを二つにこう輪を回して置いてあるところを頂いた。あれはこう二つにねゴムバンドを二つにこうしてある。
 ですからそれをちょっと当たるとぽっとはじけて一つの輪になるんだと。でもそのゴムバンドという事は、こりゃ伸縮自在という事だと思う。しかもこれは和という事だと思うんです。そして私は今日石川さんがいわれるからね、聞かせて頂いたらね、二日の朝の御理解と三日の朝の御理解にわたって、久次さんの御理解が出てるんです。もうすぐで私はまた驚いたんです。それがいわゆる前日の続きのようにお話がでております。今日はこの事を頂いて、また一段と分からせて頂いたとこう言われます。
 そしてその時にですね、これは三日の日の朝の御理解に、前の日が当然自衛隊の人がおる。けれどもそれでも熱心なの信心をなさっておられるけれども、皆んなはっきょくを願ちゃおるけれども、このままではもうおかげにならんと仰る。けれども神様がちょっとつついて下さるとさっとはじけて、まるうでおありになればもう即刻におかげがやるという、あのうお話がでております。秋永先生がその時々に行きます時に、今日明日から、今日から京都へ行きますから、もう明日来よっと日にちがございませんから。
 平田先生のところに、見舞いに行くとはお休みしときますと。実はみやきだ先生今日は私はそくのうご覧になったのは、実は平田会長の事だったんですよと。そうですかそんならあのう御神米を下げるからどうぞ行って下さいというて、御神米に危篤という事はどういう事か。これは平田会長の場合に自分の所の自覚に立てという事である。その翌日の御理解にね広い信心、生神生神というけれども生神が生神が生まれる。生き神の誕生いう事はどういう事かというと、私共の信心が段々広まっていくという事。
 先ほど( ? )さんが頂かれたお夢の中にもです、ただ自分達夫婦の信仰になります、とにかくその事ばっかり願うというのではなくて、その願いの範囲というものがこう広まらないと。そういうような信者さんあたりの場合は全国を駆け巡ってからいつも有り難い事を説いて回られる程しに広い信心。もう甘木教会の信者ではない、お道の信者だと金光教の信者だというていわれるのだ。ところが段々とおかげを頂いてあぁいう財を成しますと、やはりおろそかになってくるのが自分を見失うという事。
 もう自分のいうようになるというような思い方ができてくるようになってです、いわば全国からこうボイコットされるような雰囲気が生まれてきたと。普通の教会でも甘木関係がその平田会長を平信者にさせようという話があったんです。実力者であるにも関わらずそういう事です。そこでなら平田会長の信心にです、いよいよ自分というものが分かって、自分というものを掘り下げて、一間か二間か掘ったところからでてくる、いよいよおかげは受けれおるけれども。
 夏は生ぬるい冬は冷たいという水ではなくて、十間も十五間も掘らせて頂くとです、夏でも氷の様な水が頂かれるし、冬はお湯のような温かい水を頂く事が出来るように、自分というものを掘り下げて掘り下げていくところにです、自分のくずの子の自覚、本当自分の様な者がようもここまでお使い回しを頂いて、ここまでもようという受けた者だという事になってくる。そこで平田先生がもしそういう、くずの子の自覚という事が出来られたら、いわゆるそういういうならば。
 天が助かる事も止むに止まれぬ思いによらなければおられないという、その強い信心とね、自分というものをどこまでも極めていくというところの信心とが、一つになった時に、合体した時に生まれるのが生神だというね。そういう御理解が三日の日の御理解にです、二日の朝の御理解ではそういうそこにいうしださんのごと、こういう難儀な病気で入院しておられて、もう命いくばくもないというような状態にあるけれども、やはり現在にあるものを頂いたら、お知らせにゴムバンドのこうした重ねた部分を頂いた。
 ひとつひとつをこうやって二つにしたんです。ですからねちょっと触っただけでぱっとひとつになる。秋永先生がお見舞いに行かれて、それも友人の紹介でそれも平田さんのおかげを受けておられる事を聞いて、初めて驚いたというんですけれども、私がお見舞いに行ったのがその時である。もう奥さんとお嬢さんが前におってから、絶対に面会謝絶で会わせられません。こりゃもう誰が行っても会わせなかったそうです。けれどもそういう事じゃない、今日私は神様のおつかいできているのだから。
 というてもう強引に会わせて頂いて、その朝の御理解の顛末を平田さんにお話をして、そして頂いてきた御神米を出した、らその御神米を受け取られて涙を流して受け取られたという事である。親先生にどうぞよろしゅうに、その御神米を頂かれてね、くずの子の自覚に立てばもうせっかくでも神がおかげをやると仰るのだからという、その心が分かって、はじけて丸くなったところから、もうあくる日から、そのう何ですか、尿癌ですからどんどんその癌が違ってきた。
 先日の日本中の教会の信徒会の話では、もうこの退院されるくらいの話であった。もう只々おかげを頂かれて、そりゃ勿論合楽の先生がみえたからどうこうという様な事があっては、それはもう大変相済まん事になりますけれども、そういうおかげの経路を辿ってそういうおかげになってきた。結局私達共がです命を頂いて、神様からヒントを頂いたらぱっと一つの輪になってそれが伸縮自在、そういう心を頂いた時にですいうならば自分の心がころころと、先日から頂きました心をもってという事を御神夢に頂いた。
 お月様というのは宵の月という事は、十五夜の真ん丸いお月様の事をいうのでしょう。お月様そのものに光はないけれども、太陽の子供光というさんさんと日をあざむく様な光になるように、私共自身そういう力も光もないのだけれども、私共の心が伸縮自在に、有り難い方へ有り難い方へと、有り難い心が転がっていく様に、自分の心が丸く豊かになってまいりますと、これにおかげが宿る。あの人は生神様じゃろうかという様なお徳を頂いて現す事ができる。
 これもこれ自体に力があるのじゃあない、神様の丸い心に反射して映ずる姿がそういうことになる。ところが私共の場合はほんの三日月さんくらいな光じゃないだろうか。もう三日月さんもそれこそ雲の間にと、いった様なところにおるのじゃなかろうかと私は思うのです。そういう心が育っていくという事がです、いうならばそういう伸縮自在というか、ころころと有り難い有り難いという心を頂けれるような、稽古をさせて頂くという事が、人間が出来ていくという事だと思うんです、信心でいう。
 その人間ができた時に、人間と身代と達者ね、人間がね身代ができた、確かにおかげを頂いておるというだけであったら、信心はなくてもn億万長者もおれば、もうそれこそ一家そろって健康であるという様な人もあるのです。けれどもです自分の心をね、和賀心といわゆる輪のような心にして、自由自在伸縮自在の心にしていくという事は、もう命を本気で行じなければ、命を頂かなければ先ほど幹三郎が、前講でお話し致しましたように、信心というものを頂こうとして頂けるものではない。
 いくら本を読んで分かったからというて、信心が生まれるものではない。自分が教えを頂いてそれを行じるところからね、神様が不確かながらも働いて下さるものだというようなしております。初めの間は何も分からんなりに、例えばその自分の難儀な問題をです、お願いをする。いうならば一生懸命に参って来る人は、一生懸命に拝みなさいというて、拝むという事だけでもおかげが頂かれる。ところが次には、もう今度は拝まにゃ通さんではなくて、もう改まらにゃ通さんという様な所を通らせてもらう。
 そこから本気で改まる事によって、改まる事の喜び改まる事の楽しみが生まれてくる。本気で改まらせてもらう。次には磨かにゃ通さんというところがある。その磨かにゃ通さんというところにです、いよいよその深夜の月のように心が光り輝いて来る様なおかげの状態になる。そういう状態になって来る頃から、段々いわば極楽の世界が照り返って来る。私は昨夜その12時頃まで、11時まで合楽会の会に出とりまして。休ませて頂いて明け方に頂いた事は、合楽合楽をね、本気に合楽にせいと神様が仰る。
 神様と氏子が本当に喜び合える世界を合楽に創れと。それでほんなら合楽教会自体がそういう、いうなら修行天国というか、極楽の世界、あれこそ極楽の世界だろうかと思われるような状態にならにゃならんと、そこんところに人間と身代と達者というのが足ろうてこなければならない。だから合楽でそういう手本見本をつくるのですから、ほんなら足ろうたおかげを頂いていかにゃ。これだけのお供えならお供えの上に現れてくる、参拝なら参拝に現れてくる。
 信心が続けば続くほどに現れてくる。お供えにもただお神酒だけ、野菜だけというのではなくて、それこそ海川山野の種々のものが足ろうてくる。そういう足ろうたおかげがいよいよもって大きく育っていくということ。合楽という事が良い善導を受けて、善導寺で私はお神酒一杯頂く善導を頂いて、そして有り難い勿体無いという勿体島、こりゃもうここまでのバスの停留所の名前です。善導寺、勿体島、そして椛目へと。椛目は心の花が育つところ心にに花が。
 心の花を咲かせてその華をいつまでも持ち続けて、常に常に持ち続けて、そして合楽にゴールインだ。これが神様のもうそれこそ一番の、もう前の前の前からこういういうなら神様のご計画をね、このようにして現れておる、いうなら良き時代にお互いがご縁を頂いたという事になるのです。いうならば合楽で頂いておるおかげがどこにでんある。今さっきからの子供達の場合でもそうでありますように、なら四人の子供が、士農工商というおかげを頂いておる。
 侍だけじゃない町人だけじゃない、百姓だけじゃないもう全部足ろうておるという事がです、これが足ろうておるおかげの印なのです。そういう合楽にです、いわば印を見せて頂いて、なら合楽の先生がいうことをもってです、本当に自分ぐらいの信心に、頂いていこうそれを自分のものにしていこうという、精進こそがですね、お互いが極楽行きをする事だという事。この世に極楽を開かせて頂くという事。そこに最近頂いておる様な真善美が足ろうて来るというおかげ。
 真、真の真、善は悪の反対の善、美は見苦しい反対の麗しい、そういうものが足ろうて来るところのおかげ。本当にずっと足ろうた信心をです、お互いさせて頂かなきゃいけません。願うた事が真実かという事についての信心から、いよいよ人間が出来て来る、いよいよ自分の心が有り難うなって来るという信心を頂いて、しかもそれが足ろうて来るところのおかげを頂かなければいけません。それには一つの過程がある。拝まにゃ通さんという願いがある。改まらなければもう先が行かれんという。
 そこを突破していくところから磨かにゃ通さんという、いよいよ先祖のつちを目指しておかげを頂いていかなければならない。私は今朝方、今日さっきから、今日は叔父と叔母と一緒に今日お付き合いをする日なんでした。お神酒をちょこっとだけ頂くけん、そして秋永先生に足を揉んでもらい、待っておる時にです、おもわず自分の口から出て来るその都々逸の一句ですけれどもね、あさごはな、それから次に曼珠沙華、次に彼岸花、これは、ここの色はそのごとなかったときこのね。あの真っ赤な花です。
 朝衣という時にゃ何かこう嫌な、嫌な感じが致しますね。そういう例えば朝衣的なところから信心を取り出して頂いて、曼珠沙華というのは、何とはなしに宗教的な匂いがするでしょうね。そして彼岸花である。いわゆるおかげの悲願ともいう、その極楽の世界という事はです、人間そのものいかほどにも変わりはないけれども、その様相が変わってくる、内容が変わってくる。その彼岸の彼方を目指させて頂くという事は、いわゆる極楽を目指すという事であり、地上天国を目指すという事である。
 そこに真善美の足ろうたおかげを頂いていくという事である。どんなに希望せんの事なきが願われ、次々に相談の事を思うても、これに自分というものが掘り下げられて、いよいよ謙虚な信心とでも申しましょうかね、そこからいうならば神様がひとつのせっしゅを取り去った所からですね、輪にはじけて輪になるしかも伸縮自在の輪になった。そういう和が伴うて来る所にそこから生神が生まれる。深く掘り下げる信心と広い祈りが祈られるような、信心とが一つになった時プラスになる。プラスの字になる。
 今までの人生にプラスにして来る。そこにいわば極楽の世界について、はぁ状態だなという事を感じさせてもらえれるおかげ。自分の心がいやがうえにも有り難うなって来る。それが悲しいそれが有り難い、しかも現れてくるのが真善美である。しかもそのう本当に神様のおかげといわなければおられない。今度若先生が月次祭の時でした、式年祭の時でした、おかげおかげきちっと、そのやっぱり神様のお働きと言わにゃおられないという。うちの親先生が私がですね、同年生が父の30歳の時の子である。
 若先生が私が30歳の時の子である。そうすると今度の恵城が先生の30歳の時の子であるというのです。しかもそれは神ながらに神様のお働きのまにまに、なるほど一児に至るものいうおかげを頂いて、この三代がいうなら合楽教会の、いうならば地上天国をまたのちのちに続けていく事であろうと。だからそういう神様の願いがです、地上に天国というか、地上に和賀心の時代というものを創って、それには先ず自分の心から、まず自分の教会から、自分の家庭にそれを創っていくという。
 神様の理想郷というものがです、私共もまた理想郷でなからなければならないという。私達はそげんとこまでいかんでも、もう今神が生まれていって私の事はでけんです。もう正真正銘神様のことはようせんなことじゃでけんです。たらわろうてたらわれない。そこで足ろうた信心をさせてもらわなければいけないという事。今日まぁ綾部さん、伊万里の御用をなさっておられる訳ですけれども、やはり伊万里の方達にお届けがあっております。おかげ頂くようになってです。
 どういうこの方です、あれだけ沢山の車がおりますけれども、おかげで無事故でおかげを頂いておる。しかも今日朝も無事故であったという表彰までも受けさせて頂いた。どんなに考えてもおかげと思わなければおられないというのです。いよいよ大祓式が迫ってまいりました。本当におかげを頂いてね、もうそりゃ信心がなかってもね、合楽で車のお祓いを受けさせてもろうて、交通安全の祈りを込めてもろうた御神米を頂いて、私はおかげを頂かせて頂くところにですね。
 今年もおかげでいわば連続の交通は無事故のおかげを頂いたという様なおかげを、私は頂き現していくどうぞ金光様の威力は大したもんだという事をです、分かって貰い分からせるいわばそういう私はチャンスでもあると思うのです。今日はこのちの島さん所のあれを配られるでしょうから、そういうね自分の知り合いやら取次の本当に自分達がおかげを受けている事実を話して、今日綾部さんに三十九になる方が電話掛けてきて、最近どうも家庭的悩みがあるから、あちらへ参ったりこちらで拝んで貰ったりしていきよる。
 あなたは金光様にも時にはお参りしてみせるが、まだ迷いなさるとまぁ言いよりますと。今日も当然有り難かちゅう話ばってん、金光様ちゃあえらいお金が掛るげなからという話でした。けれども私は思わせて頂いた。一年に二辺もそれ以上に車の事故に遭ったとかね、怪我をしたとか死んだとかという様な事ではなくてですよ、そういうそれは日常の中にありますけれどもです、そういう実からいうなら百、百パーセントとかいかんでも、その九十パーセントか八十パーセントくらいは。
 その冥利というか冥力というものが、ここに現れるという事なんです。だからその方に、まぁいくらお供えしたっちゃよかじゃないですか。千円お供え儲けさせもろうて百円のお供えの様に二百円と頂いて。十万円も徳がつくおかげを頂いてね、一万円のお供えわけない事じゃないですか。一千万円のおかげを頂いて百万円のお供えぐらいの事はわけないじゃないですか。こんな有り難い事があるもんですかと、おかげの事実を話して、私はあのいうなら金光合楽の不思議さというものをあのう認めさせなければいけない。
 何が不思議かというとそりゃね金光様の信心の有り難い事を、そういう意味において分からす。石川さんじゃないですけれどしほんせきがあると頂いて、それこそ青年の様な燃える心で信心を追求して求めていかれる様な」信心姿勢をとってね、どうでも足ろうた信心足ろうたおかげ、いわゆるこのままいけばいよいよ真善美が自分の信心内容に生まれて来る。その変わり一切のものに恵まれ人間と身代と達者が足ろうたという様な神の機感に叶うた氏子を目指して、信心の稽古をさせて頂かなくてはならんというのでございます。   どうぞ。